「赤穂義士と武士の美学」第24回松南志塾_綜學勉強会を開催しました!
2023/11/30
本学勉強
こんにちは、松南志塾の松葉です。
松南志塾のOB・OGである豊嶋(インターン7期)と松葉(インターン11期)で、「綜學勉強会」を学生や20代の方向けに、月に1回のペースで開催しております。
この勉強会の開催の背景・目的として、現在豊嶋と松葉が綜學院(東京・京都)で月に1回林英臣先生のもとで、松南志塾の原点でもある「綜學」を自主的に学んでいるのですが、そこでの学びや、自分たちが得た気づき等を、学生や20代の若い世代の方々に対して自分のことばでお伝えし、一緒に未来や社会を良くするために切磋琢磨し合いたい!!という思いからです。
そして2023年11月25日(土)に第24回目を開催しましたので、
簡単ですがご報告です。
(今回は主催者含め3名で開催いたしました
ご参加ありがとうございました!)
さて、今回のテーマは「赤穂義士と武士の美学」です。
赤穂義士といえば、映画にもなっている「忠臣蔵」ですが、
藩主の無念を果たすために、討ち入った家臣たちの話です。
そこから、武士の美学について学びました。
簡単に説明しますと、
播磨赤穂藩(兵庫県)の第3代藩主の浅野内匠が、
勅使饗応役を与えられ、高家の吉良上津介に指導を受けることになるのですが、
指導料が少なかったことや下調べが完璧だった等から、
指導役の吉良に悪口を言いふらされ面子を潰されたりなど、
馬が合わず、ぶつかる日々を送っておりました。
そしてついに、元禄14年、3月14日、江戸城本丸の松の廊下で、
「この間の遺恨、覚えたるか」と言いながら、内匠頭は吉良幸之助に切りかかります。
吉良上野介に遺恨があったので、殿中であり、
大事な儀式の日であったが、やむなく打ち果たしたということです。
問題はこれに対する、幕府の処罰になるのですが、
喧嘩両成敗とされていた当時ですが、
その場で切腹になった浅野内匠頭に対し、吉良上野介はお咎めなしとなったのです。
これに対し、浅野内匠頭の家臣たちは怒り、
お家再興の望みが絶たれたのち、討ち入りを行うといった話です。
この藩主が刀を抜いたということは、単なる個人的な想いではなく、
藩全体に影響が及ぶことを認識しているうえで、
武士の誇りをかけて抜いている。
刀を抜いたということは武士の一分、藩主としての一分を通そうとした。
ここをしっかりと考える必要があります。
命に変えてでも、守るべき誇りを持っていた武士。
並々ならぬ覚悟を持って生きていたことが推察されます。
そんな武士たちと比べて、今の私たちは覚悟を持って生きているか?
そんなことを参加者とディスカッションしました。
自分にとって、命に変えても惜しくないものとはなにか。
そこに向き合って日々を送っていきたいと思います。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。